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弱視の人は聴覚が優れている(らしい)

テレビのニュースをぼ~っと見ていると、生まれつき視力の弱い方に言葉を聞き取る能力を調べていたところ、通常の3倍速程度の会話でも聞き取れることがわかったとの事。
弱視の方からすれば、この程度の速さが聞き取れない事が不思議らしいのですが。(私は全然聞き取れなかった)

この発見?は障害を持っている方に適したものを作る際に普通の人の常識からは想像もつかない、非常に有意義かもしれないとのこと。

簡単に説明すれば(その先生が言うには)、パソコンの画面の文字を読み取るソフトを使って文章を読み上げる際、速度をかなり上げても聞き取り可能ならば、その分だけ時間効率上多くの情報を伝えられるとのこと。(文章下手ですいません、意味分かりますか?)

って、

私も耳が聞こえにくいので、知らずうちに読唇術はかなり出来る。
一方、目を見て話すのが苦手、、、なのは個人的な性格によるものなのか、無意識のうちに唇を凝視してしまうからなのか、、、なんてちょっと思った次第。

時々、新聞の投稿に、なかなか障害を持っていても他人からは気付かれにくい障害のため、行儀が悪い、鈍い、愛想が悪い、集中力がない、、、など、嫌な思いをすることがあり、、、という書き込みを見るのだけれど、ならばそういう目にあった時に、私はこういう障害を持っているので許してくださいねと言えばいいと思われるのだろうけれど、自分が障害を持っていることを言う事って実はかなり大変だたりする。(以前ドラマ1リットルの涙の話を書いたとき、書くかもしれないと書きながら書くのをやめた記事にもつながるのだけれど)

障害を持つということは、持たない人がどのように頑張っても、どうしても理解出来ないものだと思う。一時的に理解を示してくれても、その理解が逆に、ああ、そこまで配慮されないものなのかと、こんなことなら、自分が障害を持つことを言わないままで居た方がお互いにとって良かったと。

結論はあいまいにしておくけれど。

最後に。

子供に、障害者の存在を教えるのは結構難しい。
弱者を指差して、あんな人になるよ!なんて教える親も多かったりすると思うのだけれど、こんな答え方があるんだなと。

障害者はどのくらいいるのですか。(どこにいるのですか)?
そうだね。
例えば私もメガネをかけているから障害を持っていることになる。
どんな人も障害を持って生きているから、そういうことを感じ気遣う事が出来る人になろうね。

メガネごときで、実際には障害者ではないのだけれど、子供にはわかりやすい説明だなと。障害者が特別で何かしてあげなくてはいけない存在なのではなく、どこにでも居る、自分たちとなんら変わらない存在でお互いに尊重すべき存在で。。。

なんだか結局結論は出ない。

私も、耳は悪いけれど、面と向かって話せば普通に会話が出来る。(医者と言う仕事をこなせているくらいだからw)
自分は自分に甘えることなく、理解して貰おうとも思わないし、させようとも思わない。今まで自分のこれを本当に理解してくれた人は自分の旦那しかいないと思っているし感じている。だからといって誰もうらやむわけでなく、ましてや自分をさげすんだりするわけでもなく。

ゴメン。このくらいでおしまい。

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あなたが感じた感想が、タイトルです。
ブログを徘徊していて『女医~繭~の言いたい放題「弱視の人は聴覚が優れている(らしい)」』という記事を見つけて思ったことをつらつらと。確かに視覚障害の方は周辺の環境に適応するために他の感覚が優れているように感じます。道を歩いていて、空間の広がり・狭まりを空

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